The Japanese Society for Ethics

学会概要

1950年(昭和25年)、和辻哲郎氏を会長として発足。以後、倫理に関する研究およびその普及を図ることを目的とし、下記の事業を行う。


1.大会の開催(年1回)
2.年報およびその他の刊行物の発行
3.国内および国外における同種団体との連絡
4.会員の研究に対する援助
5.その他の必要な事項


また、若手研究者の斯学の研究業績で優れたものに授与するものとして和辻賞がある。


****************************************


日本倫理学会略年譜(1950年~)

(文中、敬称略。『倫理学年報』第49集掲載の文章を底本とし、横書きであることを鑑み、漢数字を英数字に改めた。なお原則として、会報および年報の会務報告の記述に従ったため、同一もしくは類似の事項に関する表現に不統一が残っている。この点につき予め了解されたい。)

1950年

7月24日 倫理学会(1928年3月設立。事務局を東京帝国大学文学部倫理学研究室におき、機関誌『倫理研究』を29年4月の創刊号から33年3月号まで隔月で24冊刊行し、その後活動が停止していた。会長は吉田靜致)関係者に全国規模の学会設立を諮る。

9月16日 第1回設立準備会(都内の国公立・私立大学から15名が参集)において、運営方針、会員募集の方法と範囲、第1回大会の日程、会則原案を決定。

10月 全国の主として大学関係者に700通の招請状(資料別掲)を発送、総会前に260名が入会を申し込む。

11月25日 第1回大会総会(東京大学文学部36番教室、参会者約140名)において、会則を審議・可決の上、役員選挙。役員会は和辻哲郎を会長に推挙(第1期:任期2年)、地方側役員4名を推薦。これにより全国学会として正式発足(会費は200円)。議事としては「道徳教育の推進に関する建議を文部大臣や議会に提出することの動議」をめぐり賛否両論が出され、役員会の研究に付託することに決定。研究発表は同日と翌日にわたり計15名が行う。

12月18日 役員会の決議にもとづき、勝部真長常任評議員が会長の手紙を持参して、天野貞祐文部大臣を訪問。「道徳教育」推進の意向を確かめる。

*この年の10月、島芳夫を委員長とする関西倫理学会が発会式を挙行。本学会との合同・提携の問題が長期の懸案となる。なお日本哲学会は1949年10月2日に設立総会を開催。美学会も機関誌『美学』を1950年3月に創刊。

1951年

4月2日 会員数303名。「日本倫理学会の発足から現在まで」と題する会報第1号を発行(全16頁。ガリ版刷り)。

10月13、14日 第2回大会(慶応義塾大学)開催。第1日の研究発表は「道徳教育」を主題とする七本(その一部は『年報』第一集に掲載される)、翌日は主題を設けず12本の報告。第1日午後に公開講演を開き、400名を超える聴衆を集める(和辻会長による「挨拶に代えて」の後、金子武蔵常任評議員による「ヤスパースの歴史哲学について」)。

総会では、日本哲学会と共同して「高等学校に「思想史」(仮称)と云う科目を設けることに関する意見書」を文部大臣、国会文教委員会に提出した旨が報告された。

1952年

1月19日 会員数385名。

3月31日 『日本倫理学会年報』第1集が《道徳教育特輯号》として発刊(発売=有斐閣)。

10月18日、19日 第3会大会(日本大学)開催。第1日は2会場、計17本の報告、第2日は「理想社会の構想」を主題とする8本の報告。18日の会員総会で役員の改選を行い、評議員会は和辻哲郎を会長として重任(第2期)。翌年度より会費を300円に値上げすることに決定。役員会から和辻会長の寄付金10万円(読売文学賞の賞金)を基金として日本倫理学会賞を設定する案が提案され、承認。19日の特別講演は長谷川如是閑による「道徳意識と道徳事実」(聴衆は200名程)。

1953年

3月31日 会員数410名

11月2日、3日 第4回大会(同志社大学)開催。研究発表は2日間にわたり総計23本。

1954年

3月31日 会員数447名

5月30日 「特集・現代倫理学の課題」を副題とする『年報』第3集を発行。

10月18日、19日 第5回大会(学習院大学)開催。研究発表は2日間にわたり総計13本。18日の会員総会で役員の改選を行い、役員会は和辻哲郎を会長として重任(第3期)。19日午後、長與善郎の公開講演(「死ぬときに悔いなき一生であったと回想できるようでありたいという念願を内容とする」)。

1955年

10月15日、16日 第6回大会(東北大学)開催。研究発表は2日間にわたり総計17本。第1日の午後、公開講演会(山本幹夫の「無二的人間の形成」、高橋穣の「個性について」)。

1956年

4月1日 会員数458名

10月13日、14日 第7回大会(東京学芸大学世田谷本校)開催。研究発表は2日間にわたり総計15本。第1日午後、蝋山政道の公開講演(「政治と倫理」)。会員総会で翌年度から会費を500円に値上げすることが決定。役員改選の後、役員会は会長として和辻哲郎を重任(第4期)。

1957年

4月20日 『年報』第6集を「和辻哲郎先生文化勲章受賞記念論文集」として発刊。

10月12日、13日 第8回大会(愛知学芸大学名古屋分校)開催。第1日午前、公開講演(坂田吉雄の「天皇観の変遷」、大島康正の「伝統と革新」)。午後は「科学と倫理」を主題とする5本の発表。第2日は2会場で計14の研究発表。第1日の会員総会にあてて出された和辻会長の辞任の意思表示につき、留任を強く希望する旨の緊急動議が採択される。

*この年の12月、日本道徳教育学会設立。

1958年

10月18日、19日 第9回大会(専修大学)開催。第1日と第2日午前にわたり計7本の研究発表、引き続き「宗教と道徳」を主題とする9本の報告。第1日の会員総会で役員改選の後、役員会は会長に和辻哲郎を重任(第5期)。

1959年

10月10日、11日 第10回大会(広島大学)開催。第1日午前、「平和と道徳」を主題とする5つの発表。午後、公開講演(古川哲史「日本道徳史上の一挿話」、島芳夫「情意の倫理」)。第2日は二会場に分かれて計12の発表。

1960年

9月 会員数501名。

10月15日、16日 第11回大会(早稲田大学)開催。第1日午前、「政治と倫理」を主題とする6つの発表。午後、公開講演(安倍能成「政治と倫理」、森田宗一「少年非行の諸問題」)。第2日は計14本の発表。第1日の会員総会で役員改選の後、役員会は会長に和辻哲郎を重任(第6期)。

12月26日 和辻会長、死去。1961年4月まで会長不在となる。

1961年

4月22日 役員会で金子武蔵常任評議員を第2代会長に選出(第6期の残余期間)。

10月21日、22日 第12回大会(甲南大学)開催。第1日午前、「文化と倫理」を主題とする7つの発表。第2日は計13本の発表の後、「和辻前会長をしのぶ会」が開かれる。第1日の会員総会では、日本倫理学会賞を「和辻賞」と改称する件が報告され、翌年度から会費を800円に値上げする件が承認された。

1962年

3月30日 会員数529名。

10月20日、21日 第13回大会(明治大学)。第1日午前と第2日にかけて主題を設けない7つの研究発表。第2日午前から「法と道徳」を主題とする8つの研究発表。第1日午後、特別講演(宮沢俊義「法と道徳」)。第1日の会員総会で役員改選の後、役員会は会長に金子武蔵を重任(第7期)。

1963年

3月30日 会員数412名。

10月19日、20日 第14回大会(弘前大学)。第1日は「道徳の本質」を主題とする6つの研究発表(すべての発表が終わった上で一括討論に付す方法を採用)。第2日は2会場に分かれて計13の研究発表と公開講演(矢島羊吉「道徳の本質」および小山甫文・川村喜久治・大島康正「最近のヨーロッパより帰りて」。聴衆は300名余り)。第1日の会員総会で、教員養成大学では倫理学を必修科目に入れるよう文部省に要請したいとの提案が協議され、第2日の役員会の議を踏まえて同趣旨の要望書を灘尾弘吉文部大臣に提出することが決定。

1964年

3月30日 会員数427名。

11月22日、23日 第15回大会(東京教育大学――東京オリンピックの日程を考慮して例年より開催を一ヶ月遅らせる)。第1日から第2日にかけて主題を設けない12の研究発表。第2日午後は「歴史と倫理」を主題とする六つの研究発表と共同討議。第1日の会員総会で、役員改選の後、役員会は会長に金子武蔵を重任(第8期)。また総会では、翌年度から学会費を1000円に値上げすることが決定。同時に3年間にわたり学会費を滞納したものは会員権を停止する措置が承認される。

1965年

3月30日 会員数439名。

10月16日、17日 第16回大会(金沢大学)。第1日の自由課題は3会場に分かれて、計17の研究発表。第2日は、「実存と倫理」を主題とする14の研究発表(午前の部は「実存思想の倫理学的問題」、午後は「日本的エートスの実存性」を扱う)と討議(この成果は、日本倫理学会論集1『実存と倫理』理想社、1966年として公刊――以後1996年まで、共通課題の発表と討議の記録が論集のかたちで出版され続ける)。第1日の会員総会では、翌年度から学会費をさらに1300円に値上げすることが決定。

1966年

3月30日 会員数432名。

10月15日、16日 第17回大会(中央大学)。第1日の自由課題は11の発表。第2日の共通課題「伝統の倫理学的意義」は①伝統の概念、②西洋人の伝統観、③東洋人の伝統観、④総括、⑤討議の順で計10本の発表(日本倫理学会論集2『伝統』理想社、1967年)。第1日の会員総会で役員の改選、役員会は会長として金子武蔵を重任(第9期)。

1967年

3月30日 会員数435名。

10月14日、15日 第18回大会(九州大学)。第1日午前中は自由課題の研究発表(21名)。午後より共通課題の研究発表(5名)、第2日も引き続き共通課題の研究発表(6名)と提題(2名)・共同討議(学会論集3『キリスト教』理想社、1968年として出版される)。

1968年

3月30日 会員数493名。年報第17集の会務報告に「次号年報への原稿掲載希望の会員は、学会評議員ないし各大学の責任ある指導者の推薦を得て投稿されることが望ましい」との指示が記される。

10月12日、13日 第19回大会(東京都立大学)。第1日は自由課題の研究発表(15名)。第2日は共通課題「カント」の研究発表(12名)と提題(2名)・共同討議(学会論集4『カント』理想社、1969年。なおこの共通課題から、役員会の委嘱により共通課題の準備委員会を発足させ、プログラムの設定、研究発表者の依頼を進める方式が採用された)。「本大会は、東大・日大紛争に代表される大学をめぐる険しい情勢を背景にして開かれ、そのため、大会準備も東大で行なえない状態であった。」第1日の会員総会で役員改選、大会終了後の評議員会は会長に金子武蔵を重任(第10期)。

*この年、日本思想史学会設立。

1969年

3月30日 会員数503名。

10月11日、12日 第20回大会(京都教育大学)。第1日は自由課題の研究発表(15名)。第2日の共通課題「日本における理法の問題」は、①古代・中世、②近世、③近代、⑤総括の計10本の発表と討議(日本倫理学会論集5『日本における理法の問題』理想社、1970年)。第一の会員総会で年報原稿の枚数を400字詰原稿用紙30枚以内から40枚以内に増やすことが決定される。

1970年

3月30日 会員数520名。

10月10日、11日 第21回大会(上智大学)。第1日の自由課題の研究発表は12名。第2日の共通課題「言語と倫理」は、①言語の実存性・超越性、②言語の間主観性、③言語の社会性・歴史性、④総括・討議の順で、計9人の発表が行われた(日本倫理学会論集6『言語と倫理』理想社、1971年)。第1日の会員総会で役員改選、大会終了後の評議員会は会長に金子武蔵を重任(第11期)。

1971年

3月30日 会員数532名。

10月9日、10日 第22回大会(岡山大学)。第1日の自由課題の研究発表は14名。第2日の共通課題「価値」は、総括を含めて計10名の発表と討議(日本倫理学会論集7『価値』理想社、1972年)。

1972年

3月30日 会員数554名。

10月21日、22日 第23回大会(お茶の水女子大学)。第1日の自由課題の研究発表は14名。第2日の共通課題「歴史」は、①歴史とは何か、②歴史観の倫理性、③倫理思想史の可能性の順で、計10名の発表と討議(日本倫理学会論集8『歴史』理想社、1973年)。第1日の会員総会で、翌年度から学会費を1800円に値上げすることが決定される。同じく総会で役員改選、大会終了後の評議員会は会長に金子武蔵を重任(第12期)。

1973年

3月30日 会員数573名。

10月13日、14日 第24回大会(秋田大学教育学部)。第1日の自由課題の研究発表は11名。第2日の共通課題「人格」は、①人格概念の成立、②人格概念の現代的把握、③人格の意義の順で、9名の発表と討議(日本倫理学会論集9『人格』理想社、1974年)。

1974年

3月30日 会員数592名。

10月19日、20日 第25回大会(日本女子大学)。第1日の自由課題の研究発表は12名。第2日の共通課題「感情」は、①感情のあり方、②感情の倫理学的意義、③総括の順で、計9名の発表と討議(日本倫理学会論集10『感情』理想社、1975年)。第1日の会員総会で翌年度から学会費を2500円に値上げすることが決定。同じく総会で、今後の共通課題のあり方について討議(テーマの提案、運営方法についての提言など)、さらに役員の改選。大会終了後の評議員会は会長に金子武蔵を重任(第13期)。

*この年の6月、比較思想学会設立。

1975年

3月30日 会員数604名。

10月11日、12日 第26回大会(熊本大学)。第1日の自由課題の研究発表は18名。第2日の共通課題「ウェーバー」は、①倫理学にとってのウェーバー、②世界宗教とエートス、③総括の順で、計12名の発表と討議(日本倫理学会論集11『ウェーバー』以文社、1976年)。

1976年

3月30日 会員数632名。

10月16日、17日 第27回大会(国際基督教大学)。第1日の自由課題の研究発表は13名。第2日の共通課題「良心」は、①良心概念の歴史的展開、②良心論をめぐる諸問題、③総括の順で、計11名の発表と討議(日本倫理学会論集12『良心――道徳意識の研究』以文社、1977年)。第1日の会員総会で、役員改選の後、評議員会は会長に金子武蔵を重任(第14期)。

*この年の5月、社会思想史学会設立。

1977年

3月30日 会員数657名。

10月14日、15日 第28回大会(四国学院大学)。第1日の自由課題の研究発表は13名。第2日の共通課題「ギリシア思想とヘブライ思想」は、①古代におけるギリシア思想とヘブライ思想、②中世以降におけるギリシア思想とヘブライ思想、③総括の順で、計12名の発表と討議(日本倫理学会論集13『ギリシア思想とヘブライ思想』以文社、1978年)。

1978年

3月30日 会員数682名。

10月13日、14日 第29回大会(茨城大学)。第1日の自由課題の研究発表は18名。第2日の共通課題「自然」は、①西洋、②東洋・日本、③総括の順で、計10名の発表と討議(日本倫理学会論集14『自然――倫理学的考察』以文社、1979年)。第1日の会員総会では、翌年度から学会費を3000円に値上げすることが議決され、年報29集から「会員業績目録」(1979年1月以降に公刊されたもの)を掲載すること、和辻賞の審査方針の変更(審査基準の引き上げ、審査対象者の資格を拡大など)が承認された。また総会で役員の改選の後、役員会は会長に金子武蔵を重任(第15期)。

1979年

3月30日 会員数682名。

10月13日、14日 第30回大会(信州大学)。第1日の自由課題の研究発表は14名。

第2日の共通課題「ヘーゲル」は、①倫理学にとってのヘーゲル、②ヘーゲル哲学の再検討、③総括の順で、計10名の発表と討議(日本倫理学会論集15『ヘーゲル』以文社、1980年)。第1日の会員総会で、創立30年を経た学会の慣行を見直すため、会則(内規を含む)検討委員会の設置についての提案がなされ、了承された。

1980年

3月30日 会員数697名。年報第30集から応募原稿の枚数を400字詰原稿用紙50枚以内に増やすことを公示。

10月18日、19日 第31回大会(東洋大学)。第1日の自由課題の研究発表は15名。第2日の共通課題「愛」は、①東洋における愛、②西洋における愛、③総括質問、④共同討議の順で、計14名の発表と討議(日本倫理学会論集16『愛』以文社、1981年)。第1日の会員総会で、役員改選の後、評議員会の互選の結果、矢島羊吉を第三代会長に選出(第16期)。

1981年

3月30日 会員数729名。

10月17日、18日 第32会大会(鳥取大学教養部)。第1日の自由課題の研究発表は14名。第2日の共通課題「思想史の意義と方法」は、①思想史の意義、②思想史の対象と方法、③総括、④共同討議の順で、計9名の報告と討議(日本倫理学会論集17『思想史の意義と方法』以文社、1982年)。第1日の会員総会で、郵送投票を認める評議員・幹事選挙細則案を可決。

1982年

3月30日 会員数769名。

10月23日、24日 第33回大会(玉川大学文学部)。第1日の自由課題の研究発表は13名。第2日の共通課題「現代倫理学と分析哲学」は、①分析的倫理学の諸問題、②現代英米倫理学における諸問題、③パネルディスカッション「価値と事実」の順で、計9名の発表と二名のコメントおよび討議(日本倫理学会論集18『現代倫理学と分析哲学』以文社、1983年)。第1日の会員総会で、翌年度より学会費を4000円に値上げすることに決定。また翌年度より学会事務局幹事校を東京大学から専修大学に移すことが報告された。総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、勝部真長を第四代会長に選出(第17期)。

1983年

3月30日 会員数792名。

10月8日、9日 第34回大会(佐賀大学教養部)。第1日の自由課題の研究発表は10名。第2日の共通課題「死」は、9名の発表・問題提起とシンポジウム(日本倫理学会論集19『死』以文社、1984年)。第1日の会員総会で、事務局移転にともない「学会事務センター」への一部事務委嘱を行なうことが承認された。

1984年

3月30日 会員数820名。

10月20日、21日 第35回大会(筑波大学大学会館)。第1日の自由課題の研究発表は16名。第2日の共通課題「技術と倫理」は、2会場8名の発表と三名の発題者によるシンポジウム「現代技術の根本問題」(日本倫理学会論集20『技術と倫理』以文社、1985年)。第1日の会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、勝部真長を会長に重任(第18期)。

1985年

3月30日 会員数854名。

4月1日 事務局校が専修大学から慶應義塾大学に移る。

10月11日、12日 第36回大会(山梨大学教育学部)。第1日の自由課題の研究発表は21名。第2日の共通課題「アリストテレス」は、①アリストテレス倫理学の基本問題、②アリストテレスの社会哲学、③アリストテレスの精神哲学、④アリストテレスと現代の順で六名の発表と共同討議(日本倫理学会論集21『アリストテレス』慶応通信、1986年)。

1986年

3月30日 会員数865名。

10月18日、19日 第37回大会(慶應義塾大学三田キャンパス)。第1日の自由課題の研究発表は、27名。第2日の共通課題「近代日本における国家と倫理」は、5名の発表と共同討議(日本倫理学会論集22『近代日本における国家と倫理』慶応通信、1987年)。第1日の会員総会で、役員の定数、選出方法、定年制の問題などを検討するため、会則検討委員会を設置することが報告された。会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、第5代会長に小倉志祥を選出(第19期)。

1987年

1月25日 会員数875名(内、海外会員5名)。

4月1日 事務局校が慶應義塾大学より早稲田大学に移る。

10月5日、6日 第38回大会(北海道大学学術交流会館)。第1日の自由課題の研究発表は20名。第2日の共通課題「倫理学とは何か」は、午前および午後の部に分かれ、それぞれ2名の発表と全体討議(日本倫理学会論集23『倫理学とは何か』慶応通信、1988年)。第1日の会員総会で学会会則および評議員・幹事選挙細則の改正が承認される。

1988年

1月25日 会員数910名(内、海外会員5名)。

10月14日、15日 第39回大会(早稲田大学大隈講堂)。第1日の自由課題の研究発表は19名。第2日の共通課題「生命と倫理」は、①「生命はどのように受け止められてきたか――西洋と東洋の伝統の中で」(4名の発表)、②「新たな生命理解――バイオエシックスと科学的生命観」(4名の発表)、③シンポジウム「今、生命をどう受け止めるか――医と法と倫理」(3名の発題)、全体質問(1名)、討議(日本倫理学会論集24『生命と倫理』慶応通信、1989年)。第1日の会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、会長に小倉志祥を重任(第20期)。

1989年

1月20日 会員総数は967名(内、海外会員5名)。

4月1日 事務局校が早稲田大学から法政大学に移る。

10月20日、21日 第40回大会(京都大学・京大会館)。第1日の自由課題の研究発表は16名。第2日の共通課題「規範の基礎」は、8名の個別発表とシンポジウム(問題提起者1名と討議)から成る(日本倫理学会論集25『規範の基礎』慶応通信、1990年)。

第1日の会員総会で、翌年度より学会費を5000円に値上げすることが決まる。

1990年

1月20日 会員数992名(内、海外会員5名)。

10月20日、21日 第41回大会(法政大学62年館)。第1日の自由課題の研究発表は19名。第2日の共通課題「イギリス道徳哲学の諸問題と展開――Th.ホッブスからJ・S・ミルまで」は、八名の個別発表とシンポジウム(提題者二名と全体討議)から成る(日本倫理学会論集26『イギリス道徳哲学の諸問題と展開』慶応通信、1991年)。第1日の会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、第六代会長に市倉宏祐を選出(第21期)。

1991年

1月20日 会員数1001名(内、海外会員5名)。

4月1日 事務局校が法政大学から青山学院大学に移る。

10月19日、20日 第42回大会(東北大学)。第1日の自由課題の研究発表は31名。第2日の共通課題「現象学と倫理学」は、10名の個別発表とシンポジウム(提題者2名と全体討議)から成る(日本倫理学会論集27『現象学と倫理学』慶応通信、1992年)。

1992年

1月13日 会員数1036名(内、海外会員5名)。

10月10日、11日 第43回大会(青山学院大学)。第1日の自由課題の研究発表は16名。第2日の共通課題「信と知」は、10名の個別発表と2名の総括発表、全体討議から成る(日本倫理学会論集28『信と知』慶応通信、1993年)。第1日の会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、会長に市倉宏祐を重任(第22期)。

1993年

1月13日 会員数1076名(内、海外会員5名)。

4月1日 事務局校が青山学院大学から日本女子大学に移る。

10月16日、17日 第44回大会(広島大学)。第1日の自由課題の研究発表は24名。第2日の共通課題「徳倫理学の現代的意義」は、8名の個別発表とシンポジウム(コーディネーター1名、コメンテーター3名)から成る(日本倫理学会論集29『徳倫理学の現代的意義』慶応通信、1994年)。第1日の会員総会では、評議員の定数変更にともなう会則の改正と「共通課題設定の新方式」(課題設定時期を早め、設定委員会と実行委員会とに機能を分割する)が提案・承認された。

1994年

1月13日 会員数1089名(内、海外会員5名)。

10月15日、16日 第45回大会(日本女子大学)。第1日の自由課題の研究発表は23名。第2日の共通課題「いま『人間』とは――人間観の再検討」は、①現代における「人間」の問題(三名の発表)、②思想的伝統における「人間」の問題(3名の発表)、③現実と思想との対話――いま「人間」とは(二部に分かれたシンポジウム)から成る(日本倫理学会論集30『いま「人間」とは――人間観の再検討』慶応通信、1995年).第1日の会員総会で、翌年度より学会費を6000円に値上げすることが決まる。第1日の会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、第7代会長に城塚登を選出(第23期)。

1995年

1月13日 会員数1089名(内、海外会員5名)。

4月1日 事務局校が日本女子大学から共立女子大学へ移る。

10月7日、8日 第46回大会(岩手大学)。第1日の自由課題の研究発表は21名。第2日の共通課題「性」は新方式によって設定されたもので、①性と文化、②思想史における性、③現代における性と倫理、④総括・倫理への問いと性の順で、計八名の発表とシンポジウムが行われた(日本倫理学会論集31『性』開成出版、1996年――学会の財政事情から本書が最終巻となる)。第1日の会員総会では、年報第46集より会員業績報告目録を削除することが決定され、年報原稿枚数を45枚に減らす旨が報告された。

1996年

3月4日 会員数1103名(内、海外会員5名)。

10月12日、13日 第47回大会(専修大学神田校舎)。第1日の自由課題の研究発表は17名。第2日の共通課題「家族」は、①家族を成り立たせるもの、②近代家族の成立と変容・解体、③「いえ」の思想構造、④家族の現在、⑤総括・シンポジウムの順で、計8名の発表と1名の総括コメントから成る(記録は、年報第46集に掲載)。第1日の会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、会長に城塚登を重任(第24期)。

1997年

3月21日 会員数1100名(内、海外会員4名)。

10月18日、19日 第48回大会(九州大学)。第1日の自由課題の研究発表は20名。第2日の共通課題「悪」は、7名の個別発表とシンポジウム(コメンテーター2名)から成る(記録は、年報第47集に掲載)。第1日の会員総会では、翌年度から学会費を9000円に値上げすることが承認された。

*この年、インターネット小委員会をつくって準備を続けてきた学会ホームページが開設される(http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jse2/index.html 2007年4月、本サイトhttp://jse.trustyweb.jp/に移行)。

1998年

3月20日 会員数1118名(内、海外会員6名)。

10月24日、25日 第49回大会(関東学院大学)。第1日の自由課題の研究発表は13名。第2日の共通課題「責任のありか」は、8名の個別報告とシンポジウム(事前に『大会報告集1998』を印刷・配布するとともに、シンポジウムの要録および補足・反省を年報第48集に掲載)。第1日の会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、第8代会長に林田新二を選出(第25期)。

1999年

3月20日 会員数1091名。

4月1日 事務局校が共立女子大学から専修大学に移る。

10月16日、17日 第50回大会(大阪大学吹田キャンパス)。第1日の自由課題の研究発表は19本(21名)。第2日の共通課題「20世紀――倫理学への問い」は、①戦争と革命、②国家はなぜ必要か、③日本的なるもの、④科学技術と倫理学、⑤ジェンダーとセクシュアリティ、⑥情報社会の6つのテーマにそれぞれ2名の発表、さらに全体討議(発題者2名)から成る(事前に『大会報告集1999』を印刷・配布するとともに、シンポジウムの要録を年報第49集に掲載)。

2000年

12月3日 会員数1071名。

10月14日、15日 第51回大会(東京大学)。第1日の自由課題研究発表は3会場21件(22名)。第2日の共通課題「倫理思想史の遺産と課題」は、A・ヘレニズム倫理思想、B・ヘブライズム倫理思想、C・イギリス経験論の倫理思想、D・ドイツ・イデアリズムの倫理思想、E・日本中世の倫理思想、F・日本近世の倫理思想、G・日本近代倫理学、H・フランスの倫理思想の8つのテーマを掲げ、これらを2会場に分け、各1名の発表と総括質問を含めた共同討議がなされた。その後、「組織とアカウンタビリティ」と題する総合シンポジウムが行われた。会員総会において、学会の動向をサーベイする欧文論文を掲載してゆくことが了承された。会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、評議員会の互選により、会長に林田新二を重任(第26期)。

2001年

12月16日 会員数1081名。

4月1日 事務局校が専修大学から亜細亜大学に移る。

10月6日、7日 第52回大会(山形大学教育学部)。第1日午前の自由課題研究発表は5会場にて17名。この第52回大会より、第1日午後にワークショップが開催されることになり、4会場に分けて行われた。第2日の共通課題「倫理の教育と教育の倫理―教育の場に求められる倫理とは何なのか」は、1会場にて6名の提題が行われた後、全体討論が行われた。

2002年

12月15日 会員数1058名。

10月12日、13日 第53回大会(一橋大学)。第1日午前の自由課題研究発表は5会場26名。第1日目午後にワークショップが4会場にて行われた。第2日の共通課題「経済と倫理」では、2会場に分かれ各会場3名の発表が行われ、その後、総括質問と全体討議とが1会場にて行われた。会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、第9代会長に濱井修を選出(第27期)。

2003年

12月13日 会員数1066名。

4月1日 事務局校が亜細亜大学から中央大学に移る。

10月11日、12日 第54回大会(静岡大学)。第1日午前の自由課題研究発表は5会場にて29名。第1日目午後にワークショップが4会場にて行われた。第2日の共通課題「ニヒリズム」は、2会場に分かれ8名の提題発表が行われ、その後、総括と全体討議が1会場にて行われた。

2004年

12月11日 会員数1049名。

10月8日~10日 第55回大会(中央大学)。この第55回大会より、ワークショップを自由課題発表の前日に行うことになった。第1日のワークショップは、午後6時より中央大学駿河台記念館において5会場に分かれ行われた。第2日の自由課題発表は、4会場にて21名。第3日の共通課題「エゴイズムの再検討」では、1会場にて5名の提題発表がなされた後、全体討議が行われた。会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、第10代会長に佐藤正英を選出(第28期)。

2005年

12月11日 会員数1048名。

4月1日 事務局校が中央大学から東京大学に移る。

10月7日~9日 第56回大会(岡山大学)。第1日のワークショップは、午後6時より岡山大学一般教育棟において5会場に分かれ行われた。第2日の自由課題発表は、4会場にて25名。第3日の共通課題「倫理学の現実(リアリティ)」では、1会場にて6名の提題発表がなされた後、総括質問と全体討議が行われた。

2006年

12月9日 会員数1044名。

10月12日~14日 第57回大会(東京大学)。第1日のワークショップは、午後6時より東京大学法文1号館において6会場に分かれ行われた。第2日の自由課題発表は、5会場にて34名。第3日の共通課題「宗教と倫理」では、1会場にて5名の提題発表がなされた後、特定質問と全体での討論が行われた。会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により、第11代会長に鷲田清一を選出(第29期)。

2007年

12月15日 会員数1047名。

4月1日 事務局校が東京大学から筑波大学に移る。

10月12日~14日 第58回大会(新潟大学)。第1日のワークショップは、午後6時よりクロスパル新潟において3会場に分かれ行われた。第2日の自由課題発表は、新潟大学総合教育研究棟にて、7会場に分かれ37名。第3日の共通課題「老い」では、1会場にて6名の提題発表が行われた後、総括コメントとそれに対するリプライがなされ、全体討議が行われた。

2008年

12月20日 会員数1034名。

10月3日~5日 第59回大会(筑波大学)。第1日のワークショップは、午後6時より筑波大学第一エリアB棟において4会場に分かれ行われた。この第59回大会より、第2日目の午後に主題別討議が開始され、自由課題発表は、第2日・第3日の午前中になされることになった。第2日・第3日の両日午前中の自由課題発表は、両日6会場にて行われ、合計で36名。第2日午後の主題別討議は、1:「人間中心主義」か「非-人間中心主義」か、2:親鸞における信をめぐって、3:道徳教育(あるいは「心の教育」)についての倫理学的検討、という3つの主題をめぐり3会場にて実施された。第3日午後の共通課題「仕事・職業・労働」では、1会場にて3名の提題発表がなされた後、特定質問と全体討論が行われた。会員総会終了後、郵送分を含めた役員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により鷲田清一を重任(第30期)。

2009年

12月19日 会員数1027名。

4月1日 事務局校が筑波大学から慶應義塾大学に移る。

10月16日〜18日 第60回大会(南山大学名古屋キャンパス)。第1日目は、同キャンパスB棟にて、午後6時からワークショップが四会場を利用して行われた。第2日目は、同キャンパスB棟にて、午前9時30分より13名の会員による自由課題発表が6会場に分かれて行われた。午後13時30分より、1:自由意志の可能性 2:「アリストテレスの徳倫理学」に望みはあるか 3:日常と偶然―和辻vs九鬼という主題をめぐり主題別討議が3会場にて分かれて行われた。第3日目は、同キャンパスB棟にて、午前9時より18名の会員による自由課題発表が6会場に分かれて行われた。午後1時より共通課題「死生観」をめぐって3名の提題発表がなされた後、特定質問と全体討論が行われた。

2010年

12月18日 会員数1022名。

10月8日~10日 第61回大会(慶應義塾大学)。第1日のワークショップは、午後6時30分より大学院校舎において6会場に分かれ行われた。第2日・第3日の両日午前中の自由課題発表は、両日5会場にて行われ、合計で27名。第2日午後の主題別討議は、1:内在主義と外在主義―道徳判断と動機づけの関係について―、2:道徳(徳)は教えられうるか―初等・中等教育における道徳教育について―、3:明治の思想における国家と個人、という3つの主題をめぐり3会場にて実施された。第3日午後の共通課題「共感・共苦」では、1会場にて3名の提題発表がなされた後、特定質問と全体討論が行われた。会員総会終了後の翌日10日、郵送分を含めた評議員改選の投票結果が発表され、評議員会の互選により第12代会長に竹内整一を選出(第31期)。

2011年

12月17日 会員数1025名。

4月1日 事務局校が慶應義塾大学から日本女子大学に移る。

9月30日~10月2日 第62回大会(富山大学)。第1日は、同キャンパス共通教育棟にて、午後6時から東日本大震災・福島第一原発事故関連特別企画「倫理学(の研究者)は震災・原発事故にどう向き合えるのか、何ができ/できないのか」が開催され、次いで午後7時からワークショップが6会場に分かれ開催された。第2日・第3日の両日午前中の自由課題発表は、両日5会場にて行われ、合計で25名。第2日午後の主題別討議は、1:カント倫理学と現代、2:病と健康、3:修養という思想、という3つの主題をめぐり3会場にて実施された。第3日午後の共通課題「幸福」では、1会場にて3名の提題発表がなされた後、特定質問と全体討論が行われた。

2012年

12月17日 会員数1024名。

10月12日~14日 第63回大会(日本女子大学)。第1日のワークショップは、午後6時30分より目白キャンパス新泉山館において3会場に分かれ行われた。第2日・第3日の両日午前中の自由課題発表は、第2日は4会場、第3日は5会場にて行われ、合計で21名。第2日午後の主題別討議は、1:ライプニッツと現代、2:仏教思想の倫理的可能性、3:原発事故について倫理学は何が言えるか 、という3つの主題をめぐり3会場にて実施された。第3日午後の共通課題「震災と倫理――絆・死別・物語りをめぐって」では、1会場にて3名の提題発表がなされた後、総括質問と全体討論が行われた。会員総会終了後の翌日14日、郵送分を含めた評議員改選の投票結果が発表され、後日評議員会の互選により竹内整一を重任(第32期)。

2013年

12月21日 会員数1014名。

4月1日 事務局校が日本女子大学から一橋大学に移る。

10月4日~10月6日 第63回大会(愛媛大学)。第1日のワークショップは、午後6時30分より城北キャンパス共通教育講義棟において3会場に分かれ行われた。第2日・第3日の両日午前中の自由課題発表は、第2日は4会場、第3日は5会場にて行われ、合計で24名。第2日午後の主題別討議は、1:近代日本倫理学の総括ないし反省、2:倫理学における自然の位置づけ、3:ヒューム:「言語」、「動機」、「一般的観点」、という3つの主題をめぐり3会場にて実施された。第3日午後の共通課題「倫理学は生き方の指針を与えることができるのか」では、1会場にて3名の提題発表がなされた後、全体討論が行われた。

****************************************

[資料] 日本倫理学会(仮称)設立総会招請状

謹啓 秋冷の候お変りもないことと存じ上げます。

陳れば終戦後人文・社会・自然の諸学科各部門において全国的学会が相ついで設立せられ、これが研究調査活動の強力な推進機関となるは勿論のこと、日本学術会議会員候補者の推薦母胎ともなるなど、その存在意義には見るべきものがあることは御承知の通りであります。然るに私達の専攻する倫理学には、いまだにそのやうな学会は設立されて居りません。尤も十五年程前まで倫理学会と称する全国規模を持たうとした学会が存在し、雑誌「倫理研究」を刊行して居りましたが、久しく活動を中止して今では有名無実のものとなつてゐます。そこで、今回有志の者が、寄りあつまり前の倫理学会を復活して新たに日本倫理学会(仮称)を設立して内外各方面の要望に応へることに致しました。就ては貴台にも会員として御協力を賜はりたく、なほ十一月二十五日(土)二十六日(日)の両日東京大学文学部教室において創立総会並に第一回研究発表会を左記要領で開催する予定で居りますから、その節は万障御繰り合せ御参加下さるやう願上げます。(なほ詳細なことは決定次第御通知申上げます)。

〔中略〕

〔一九五〇年〕一〇月 日

東京都文京区本富士町

東京大学文学部倫理学研究室内

日本倫理学会(仮称)設立準備委員会

伊藤良二 伊藤智源 池岡直孝 岩崎務 大杉謹一 金子武蔵 川田熊太郎 勝部真長 筧泰彦 木村伊勢雄 木下一雄 熊崎武良温 小山甫文 小牧治 後藤眞 佐々木英夫 佐藤俊夫 鈴木秀三 長屋喜一 原富男 橋本孝 深作守文 古川哲史 牧野信之助 宮崎友愛 山田孝雄

〔後略〕